三重県四日市市に本社を置くホテルチェーン「株式会社グリーンズ」は、2026年4月29日、九州エリアの5ホテルにおいて、宿泊者向け貸出用傘を従来のビニール傘から「ロゴ入りサステナ長傘」へ切り替える取り組みを発表しました。
同社は、46カ国以上で7,500軒以上を展開するチョイスブランドと提携し、グローバルブランド「コンフォートホテル」を中心に60年以上のホテル運営実績を有しています。今回の取り組みは、年間約240本(ペットボトル換算で約3,200本分)のビニール傘廃棄という課題に対応するもので、同社が掲げるサステナビリティの重点課題「環境や社会に配慮した調達」に基づく施策です。
一見すると「傘の素材変更」というシンプルな環境施策に思えますが、グローバルブランドを運営するホテルがサステナビリティを推進する際には、必ず「言語」と「文化」の壁に直面することになります。この記事では、ホテル業界のサステナブル施策を入口に、インバウンド時代に求められる多言語コミュニケーションの本質について考えていきます。
サステナビリティ施策は「伝え方」で価値が決まる
グリーンズの今回の取り組みで注目すべきは、単に環境に配慮した傘を導入するだけでなく、ホテルブランドのロゴを施すことで紛失抑制を図るという二重の効果を狙っている点です。これは、サステナビリティと顧客体験、そしてブランディングを一体化させた戦略的な施策といえます。
しかし、こうした取り組みの価値は、宿泊客にきちんと「伝わって」初めて発揮されます。日本人宿泊客であれば、フロントでの一言説明やPOPで十分に意図が伝わるかもしれません。しかし、訪日外国人客に対してはどうでしょうか。
「環境配慮」の概念は文化によって異なる
日本では「もったいない」という概念が広く共有されており、ビニール傘の使い捨て問題は比較的理解されやすいテーマです。一方で、「なぜ傘を借りるのか」「なぜロゴが入っているのか」という基本的な説明から必要になる文化圏も存在します。
たとえば、欧米の多くの国では「傘を借りる」という習慣自体が一般的ではありません。また、東南アジアの一部地域では、突然の雨に対してはむしろ「雨宿りをする」「濡れても気にしない」という対応が自然とされる場合もあります。
こうした文化的背景を踏まえずに「This is a sustainable umbrella. Please return it after use.」と伝えるだけでは、ホテルの環境への取り組みや「おもてなし」の意図が十分に伝わらない可能性があります。
インバウンド客に「伝わる」サステナビリティ表現とは
日本政府観光局(JNTO)によると、2025年の年間訪日外客数は4,268万人を超え、過去最高を記録しました。観光庁の「宿泊旅行統計調査」でも、地方部への外国人宿泊者数は増加傾向にあり、九州エリアも例外ではありません。
こうした状況の中で、ホテルのサステナビリティ施策を外国人客に伝える際には、翻訳ではなく「ローカライゼーション」の視点が不可欠になります。
直訳では伝わらない3つのポイント
1. 背景説明の追加
日本語では「ビニール傘の廃棄削減のため」で済む説明も、英語圏の宿泊客には「日本ではコンビニエンスストアで安価なビニール傘が購入でき、使い捨てられることが多い」という背景情報から説明する必要があるかもしれません。
2. 行動を促す表現の工夫
「ご使用後はフロントへお返しください」という指示を「Please return」と直訳するだけでは、命令口調に感じられる文化圏もあります。「We would appreciate it if you could return the umbrella to the front desk, so the next guest can also enjoy it.」のように、協力をお願いする理由と次の宿泊客への配慮を含めた表現にすることで、より自然に行動を促すことができます。
3. ブランドメッセージとの一貫性
グリーンズは「環境にも人にも優しいホスピタリティあふれる企業」を目指すと宣言しています。このメッセージを多言語で発信する際には、単なる言葉の置き換えではなく、各言語圏で「優しさ」「ホスピタリティ」がどのように表現されるかを考慮した翻訳が求められます。
グローバルブランド運営に求められる「言語品質管理」
グリーンズのようにグローバルブランドと提携するホテルでは、本部から提供されるブランドガイドラインやマーケティング素材、品質基準などが英語で届くことが一般的です。これらを日本の現場で実践するためには、正確な翻訳に加えて、日本のホスピタリティ文化に適合させる作業が必要になります。
本部と現場の「認識ギャップ」を埋める
たとえば、グローバル本部が「eco-friendly amenities」の導入を指示したとします。しかし、「eco-friendly」の基準は国や地域によって異なります。日本で「環境に優しい」とされるアメニティが、欧州の環境基準では不十分と判断されるケースもあれば、その逆もあり得ます。
こうした認識のズレは、翻訳の段階で明確化し、本部と現場の間で調整することが重要です。単に言葉を置き換えるだけでなく、「この表現は日本の文脈ではどのように解釈されるか」「日本の法規制や消費者の期待値と合致しているか」といった観点でのチェックが求められます。
多言語での情報発信における一貫性
グリーンズの今回の取り組みは、プレスリリースという形で日本語で発信されました。しかし、コンフォートホテルが世界46カ国以上で展開されるブランドであることを考えると、こうしたサステナビリティ施策を他国のホテルや本部と共有する際には英語での発信も必要になります。
その際に重要なのは、日本発の取り組みを「日本特有の事情」として片付けるのではなく、グローバルなサステナビリティ戦略の一環として位置づける表現にすることです。これにより、日本の現場発のアイデアがグローバルブランド全体のベストプラクティスとして認識される可能性が高まります。
ホテル業界の多言語対応、実践的な3つのステップ
インバウンド需要が回復・拡大する中で、ホテル業界の多言語対応はますます重要になっています。翻訳・ローカライゼーションを専門とするアットグローバルでは、多くのホテル・観光業界のクライアントを支援してきた経験から、以下の3つのステップをお勧めしています。
ステップ1:優先すべき接点の特定
すべての情報を多言語化することは、コストと時間の面で現実的ではありません。まずは宿泊客の体験に直結する「クリティカルな接点」を特定することが重要です。
具体的には、予約確認メール、チェックイン時の説明、客室内の案内(Wi-Fi接続方法、設備の使い方、緊急時の対応など)、そして今回のようなサステナビリティ施策の説明などが優先度の高い項目として挙げられます。
ステップ2:ターゲット言語と文化圏の理解
宿泊客の国籍・地域データを分析し、対応すべき言語の優先順位を決定します。九州エリアであれば、韓国・台湾・中国からの訪日客が多いことが予想されますが、コンフォートホテルというグローバルブランドを考慮すると、英語での対応も必須となるでしょう。
言語を決定したら、それぞれの文化圏におけるコミュニケーションスタイルの違いを理解することが重要です。たとえば、韓国語では敬語のレベルが細かく分かれており、適切な敬語を使わないと失礼に感じられる場合があります。
ステップ3:翻訳ではなく「ローカライゼーション」の視点を持つ
機械翻訳の精度が向上した現在でも、ホスピタリティ領域では人間による「意図の翻訳」が不可欠です。「この案内を読んだ宿泊客にどのような印象を与えたいか」「どのような行動を促したいか」という目的から逆算して、表現を調整する必要があります。
アットグローバルでは、こうした目的に基づいた翻訳・ローカライゼーションサービスを提供しており、ホテル業界特有の表現や文化的配慮を踏まえた多言語コンテンツの制作を支援しています。
まとめ:サステナビリティと言語戦略は表裏一体
グリーンズの「ロゴ入りサステナ長傘」導入は環境施策であるとともに、「企業の価値観を宿泊客に伝え、共感を得る」というコミュニケーション施策にもなります。
グローバルブランドを運営するホテルにとって、サステナビリティへの取り組みは差別化要因であると同時に、ブランド価値の一部です。しかし、その価値は多様な言語・文化背景を持つ宿泊客に「正しく伝わって」初めて発揮されます。
インバウンド需要が拡大し、外国人スタッフの活用も進む中で、ホテル業界における多言語対応は「あると便利なサービス」から「なくてはならないインフラ」へと変化しています。翻訳・ローカライゼーションの専門家と連携し、自社の取り組みを世界に発信できる体制を整えることが、これからのホテル経営には求められるでしょう。
アットグローバルは、翻訳・ローカライゼーションの専門会社として、ホテル・観光業界の多言語対応を支援しています。多言語での情報発信、外国人スタッフ向けマニュアルの翻訳、グローバル本部とのコミュニケーション支援など、お気軽にご相談ください。



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