2026年5月1日、北海道・知床に新たなリゾートホテル「レンブラントリゾート知床」がオープンしました。運営元のレンブラントホールディングスにとって、これは単なる新規開業ではありません。グループ初となる「リゾート専門ブランド」の旗艦施設として、従来のシティ・ビジネスホテル路線とは一線を画す戦略的な一手です。
知床といえば、2005年にユネスコ世界自然遺産に登録された、日本を代表する自然観光地です。流氷、ヒグマ、オホーツク海の絶景——こうした唯一無二の自然資源を背景に、同ホテルは「知床で満たされる、大人の余白時間」をコンセプトに掲げています。最上階の展望露天風呂、地産地消のビュッフェ、オールインクルーシブスタイルなど、「滞在そのものが価値となる」体験設計が随所に見られます。
世界遺産エリアでリゾート事業を展開するということは、必然的にグローバルな視点での運営が求められます。実際、知床には毎年多くの外国人観光客が訪れており、その期待値は「日本のどこかのホテル」ではなく、「世界遺産を体験できる特別な場所」というレベルに設定されています。
この記事では、新ブランド立ち上げのニュースを入口に、世界遺産観光地のホテルが直面する「言語と文化の壁」、そしてそれを乗り越えるための多言語戦略について考察します。
世界遺産観光地が抱える「言語の壁」の特殊性
日本政府観光局(JNTO)の統計によると、2024年の訪日外国人旅行者数は過去最高の約3,687万人を記録しました。その中でも、世界遺産や国立公園といった「自然・文化資源」を目的とした旅行者の割合は増加傾向にあります。
こうした旅行者が求めるのは、単なる宿泊機能ではありません。「なぜこの場所が世界遺産なのか」「この土地ならではの食材や文化とは何か」といったストーリーへの理解と共感です。そして、そのストーリーを正確に、かつ魅力的に伝えるためには、高度な多言語コミュニケーションが不可欠になります。
一般的なホテルとは異なる3つの課題
① 専門用語と固有名詞の翻訳
知床には「オシンコシンの滝」「天に続く道」といった景勝地があります。レストラン名の「Hinna(ヒンナ)」も、アイヌ語で「食べ物への感謝」を意味する言葉に由来していると考えられます。こうした固有名詞や文化的背景を持つ言葉を、単に音訳するだけでは意味が伝わりません。「なぜその名前なのか」という文脈を添えた翻訳が必要です。
② 地産地消・サステナビリティの説明
同ホテルでは「オホーツク海が育んだ新鮮な海の幸、十勝の大地が生んだ乳製品、富良野の野菜」といった地産地消のビュッフェを提供しています。こうした食材のストーリーは、英語圏の旅行者が重視する「farm-to-table」「sustainable dining」といった価値観と直結します。しかし、日本語の「地産地消」をそのまま”local production for local consumption”と訳しても、その背景にある哲学や生産者の想いは伝わりにくいものです。
③ 自然体験・アクティビティの安全説明
知床では流氷ウォークやヒグマウォッチングなど、自然と密接に関わるアクティビティが人気です。これらの説明には、魅力的な訴求と安全上の注意を両立させる高度な言語設計が求められます。「危険です」と書くだけでは参加意欲を削ぎ、かといって魅力だけを強調すれば安全管理上の問題が生じます。
「伝わるおもてなし」を実現する多言語戦略の設計
では、世界遺産エリアのリゾートホテルは、どのように多言語対応を設計しているのでしょうか。翻訳・ローカライゼーションの専門家として、アットグローバルが現場で実践してきた知見をもとに、具体的なアプローチを紹介します。
ステップ1:ゲストジャーニーに沿った接点の洗い出し
まず重要なのは、外国人ゲストがどのタイミングで、どのような言語情報に触れるかを可視化することです。知床のようなリゾート施設の場合、以下のような接点が考えられます。
・予約段階:公式Webサイト、OTA(Online Travel Agency)の施設説明
・到着前:アクセス案内、送迎バスの予約確認メール
・チェックイン:ウェルカムドリンクの説明、オールインクルーシブの利用ガイド
・滞在中:館内サイン、レストランメニュー、温泉・サウナの利用案内、アクティビティ説明
・チェックアウト後:サンキューメール、レビュー依頼
これらの接点ごとに、「何を」「どの言語で」「どのトーンで」伝えるかを整理することが、効果的な多言語戦略の第一歩です。
ステップ2:翻訳とローカライゼーションの使い分け
すべてのコンテンツに同じレベルの翻訳品質を求める必要はありません。情報の重要度と文化的感度に応じて、翻訳アプローチを使い分けることが、コストと品質のバランスを取る鍵です。
・高品質ローカライゼーションが必要なもの:ブランドコンセプト説明、レストランメニュー(特に地元食材のストーリー)、アクティビティの魅力訴求文
・正確性重視の翻訳が必要なもの:安全注意事項、アレルギー表示、利用規約
・効率重視で対応可能なもの:基本的な館内サイン、時間案内、シンプルな操作説明
特に「オールインクルーシブ」のような滞在スタイルは、日本ではまだ一般的ではないため、その価値や利用方法を丁寧に説明する工夫が必要です。「すべて込み」という事実だけでなく、「お財布を気にすることなく、心ゆくまで過ごせる」という体験価値を伝える言葉選びが求められます。
ステップ3:文化的コンテキストの「翻訳」
知床のような場所では、日本文化やアイヌ文化に関する知識を前提としない説明が不可欠です。
たとえば、レストラン「Hinna」の名前。アイヌ語に馴染みのない外国人ゲストにとって、この名前は単なる固有名詞にすぎません。しかし、「アイヌの人々が食事の際に感謝を込めて使う言葉」という背景を添えることで、その空間で食事をする意味が変わります。これは単なる翻訳ではなく、文化的コンテキストを「翻訳」する作業です。
同様に、展望露天風呂の体験も、「大浴場があります」という情報だけでは不十分です。日本の温泉文化、裸で入浴する習慣、入浴前に体を洗うマナーなど、外国人ゲストが戸惑いやすいポイントを先回りして説明することが、真の「おもてなし」につながります。
リゾートブランド展開を見据えた「言語資産」の構築
レンブラントホールディングスは、今回の知床を皮切りに、「レンブラントリゾート」ブランドを全国のリゾート地へ展開していく方針を示しています。このようなブランド横展開のフェーズでは、多言語対応を「都度の翻訳作業」ではなく「再利用可能な言語資産」として設計する視点が重要になります。
ブランドボイスの多言語標準化
「大人の余白時間」「滞在そのものが価値となる」といったブランドコンセプトを、英語・中国語・韓国語などで一貫して表現するための「ブランドボイスガイドライン」を策定することが有効です。これにより、施設が増えても、ブランドとしてのトーン&マナーを維持できます。
現地スタッフ向けの多言語研修資料
リゾート施設では、地元採用のスタッフが外国人ゲストに対応するケースも多くあります。その際、「よくある質問への英語での回答例」「文化的に配慮すべきポイント」をまとめた研修資料があれば、現場の負担は大きく軽減されます。これも、ブランド全体で共有できる「言語資産」の一つです。
まとめ:世界遺産の価値を「言葉」で届けるために
レンブラントリゾート知床の開業は、日本のホテル業界における一つの転換点を示しています。シティホテル・ビジネスホテルから、滞在そのものを価値とするリゾートへ。そして、国内客中心から、世界遺産を目指す外国人旅行者へ。
この転換を成功させるためには、施設のハード面だけでなく、「言葉」というソフト面の設計が不可欠です。知床の自然、アイヌの文化、地元の食材——これらの価値は、適切な言語で、適切な文脈とともに伝えられてはじめて、外国人ゲストの心に届きます。
アットグローバルは、翻訳・ローカライゼーションの専門企業として、観光・ホテル業界の多言語対応を数多く支援してきました。「訳す」だけでなく「伝わる」言葉を設計すること——それが、世界遺産観光地のホスピタリティを次のレベルに引き上げる鍵だと考えています。
グローバルなゲストに選ばれるリゾートを目指す皆様、ぜひ一度、言語戦略の観点から自社のコンテンツを見直してみてはいかがでしょうか。



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