iPhone 16eのキャッチコピーに見る人間の翻訳ならではの価値

iPhone 16eのキャッチコピーに見る人間の翻訳ならではの価値

ここ数年でAIが生活のさまざまな場面で活用されるようになり、さまざまな製品・サービスの形態や価値が大きく変化しています。翻訳も例外ではなく・・・

特に、ウェブサイトやマーケティング資料などは、単に情報を伝えればよいわけではなく、読み手との感情的な繋がりを構築することが目的になります。こういった資料の翻訳ではAI翻訳と人手翻訳に大きな違いが現れます。

先日発売されたiPhone 16eのウェブページで非常に興味深い訳文を見つけたので、例としてご紹介します。

AIは持ち合わせていない翻訳テクニック

Apple社のウェブページでは、製品が非常に魅力的に紹介されていて、ターゲット市場の顧客からの深い共感を呼びます。この成功にとって欠くことができない要素が訴求力の高い訳文です。

例えば、iPhone 16eのウェブページには、”Drop-dead gorgeous. Drop-tested tough.“というキャッチコピーがありました。

iphone 16eの翻訳英文

参考:https://www.apple.com/iphone-16e/

直訳すると「驚くほどゴージャス。落下試験を受けたタフさ。」で、伝えたいコアメッセージは「ゴージャスさとタフさを兼ね備えている」ということです。しかし、英語のキャッチフレーズではちょっとしたウィットを加え、タフさの証明となるDrop-tested(落下試験)のしゃれとして、ゴージャスさの形容詞にDrop-dead(驚くほど)という言葉を使っています。

ハイフンなしのdrop deadだと「ぱったりと死ぬ」という意味ですが、ハイフンが付いていることに注意しましょう。drop-deadは「ハッとするほど美しい」という意味ですね。

機械翻訳やAIでは、原文の情報を正確に伝える訳文は作れても、このような機転や雰囲気、感情を反映した訳文を作るのは難しいものです。実際、機械翻訳やAIでは次のように訳出されました。

Google翻訳:驚くほど美しい。落下テストに合格した頑丈さ。
DeepL:漆黒のゴージャス。落下試験済みのタフさ。
ChatGPT:息を呑むほど美しい。落としても壊れない頑丈さ。

DeepLの「漆黒」は誤訳だとしても、他の訳は情報を伝えることはできています。しかし、このキャッチコピーを見ても、製品の魅力は伝わって来ず、購買意欲は高まりません。

一方、Apple社の日本語ページでの訳は次のとおりです。

iphone 16eの翻訳日本語

「美しさと強いボディ」というコアメッセージを正確に伝えつつ、英文に倣って「うっとり」と「うっかり」というしゃれを入れています。一度見たら頭に残り、つい「うっとり」「うっかり」と口に出してしまいそうなキャッチコピーです。

でも、これ、翻訳技術としてはかなり高度な変換なんです。まず、「うっとり」、「うっかり」はオトマノペとも言われる擬態語です。日本語は英語と比べて動詞の力が弱く、感情がぐっと入るところではオトマノペを使います。オトマノペは感情を表現し、共感を引き出すための切り札なのです。切り札であるだけに使い方が難しく、機械翻訳やAIは現在のところオトマノペをほとんど使えません。

次に、”Drop-tested”の部分ですが、英文では「落下試験を受けた」(暗に「合格した」)と言っているのに対し、訳文では「うっかり落としてしまっても」と言っています。「うっかり」という言葉を使うために内容を差し替えているのです。でも、コアメッセージである「強いボディ」は変えていません。ここで翻訳者は、原文の雰囲気を反映して読者の共感を得ることが、コアメッセージ以外の部分の内容を維持することより重要であると判断し、前者を優先したのです。正確に訳すことを最優先としている機械翻訳やAIにはできない芸当です。

もちろん翻訳業ではほとんどの場合、正確に訳すことが優先事項ですが、マーケティングの究極の目標がセールスやブランドイメージであることから考えると、正確さを後回しにするケースも出てくるのです。機械翻訳やAIはこのビジネス的な判断ができません。

まとめ

今回は1つの例だけを考えましたが、マーケティング資料の翻訳者は人にしかできないスキルや判断を常にフル活用して翻訳をしています。このような翻訳テクニックはAIが持ち合わせていないものであり、これこそが読者の共感を呼ぶために最も重要なものです。